●● 山 菜 ●● 
 小西は自称、ものとりライターである。しかし、「とる」といっても、その範疇はいささか広うござんす。取る、捕る、採る、撮る、盗ると数多い「とる」の中で、盗るは論外。撮るに関しては、ほとんどカメラマン任せ。やはり一番、血沸き肉踊るのは、「捕る」の現場である。
 真冬の日本海での寒ダラ漁なんかは最高だ。ここは、まさに北島三郎の北海演歌の世界。ブリッジには雪混じりの波しぶきがぶち当たり、船は木の葉のように揺れる。そんな情況の中で魚がどっさり入った網が甲板近くまで引き揚げられると、取材であることを忘れて漁師に変身。ノートやカメラはブリッジの中に放り込んで夢中になって網に手をかけてしまう小西であった。
 この「捕る」にくらべれば、「採る」はいささか緊張感に欠けるが、小西は山菜採りにも時々出かける。というのも、秋田の人間は雪が消えると体が山菜を欲するのである。とにかく山を歩き回り、自分で採った緑の葉を食べたくなってしまうのだ。
 バッケ(フキノトウ)、ギョウジャニンニク、カタクリ、ウド、タラノメ、シドケ(モミジガサ)、アイコ(ミヤマイラクサ)、ホンナ(ヨブスマソウ)、ミズ(ウワバミソウ)、ヤマワサビ、タケノコなどなど、秋田にはさまざまな山菜がある。これらの中で小西が特に好きなのは、4月から5月にかけて採れるシドケ、アイコ、ホンナなど葉物と呼ばれる山菜だ。

 【コバンザメ大作戦】

 「捕る」ほどではないが、旬の山菜採りはそこそこ面白い。なぜなら山菜は釣り堀の魚たちのように、一ヵ所に留まっているわけではない。山菜は足こそ生えていないが、そこそこ逃げるのである。食べごろの山菜は山の斜面を思った以上のスピードで駆け上がっていくのだ。
 経験が豊富で、山菜採りのプロと呼ばれる連中は、車で林道を走りながら、地形や木々の葉の開き具合を見て採り頃を判断する。小さくてはいけない、大き過ぎてもいけない。山菜にはおいしく食べるための採り頃がある。プロは「ここ辺りだべな」といって車を止め、少々斜面をよじ上ると、どんぴしゃり。まさに山菜農園に到着する。
 もちろん、小西にはそのような技術も経験もない。はっきり言って、小西はプロにコバンザメのようにひっついて歩き、その回りをぐるぐる歩きおこぼれを頂戴するだけである。このコバンザメ大作戦は、質のいい山菜がびっしり生えている場所に行けるのはもちろん、遭難の恐れもなく、まことによろしい。しかし誰でもコバンザメ大作戦ができるわけではない。常日頃の取材活動を通してその方面の人間関係を築いている小西だからこそできるのである。オホン。
 これらの山菜は普通、おひたしにして食べるのが一般的だが、その自然なほろ苦さがたまらない。野菜にはない、鼻から抜けるような高貴なほろ苦さがいいのである。だから小西がコバンザメ大作戦を実行するのは葉物、それに大量に採れて背負えるネマガリタケの時だけだ。
 しかし、葉物は採りたてだからおいしいのであって、採ってから2、3日も放置したものは、野菜のシュンギク以下。エグミが増してくるのである。一番いいのは、山から降りてきたら、その場でゆでること。タイやヒラメなど白身の魚は一晩寝かせてから食べたほうがおいしいが、山菜は絶対早いほうがいい。もちろん風呂に入って汗を流し、ビールを飲みながら食べる。これは、たまりません。大都市に住む高額所得者がいくら金をだそうとも、こんな味の山菜はたべられまい。

【おいしい山菜は豪雪地帯にある】

 一般的に、東北地方は山菜の宝庫と呼ばれているが、ちょっと待ってほしい。青森、秋田、山形、新潟など、日本海に面した各県の豪雪地帯の山菜は確かにおいしい。しかし、岩手、宮城、福島など太平洋に面した雪の少ない地方の山菜は、これでも同じ山菜かと思えるほど味が劣ると小西は思っている。
   本誌の阿部編集長の故郷である岩手県盛岡市にいちゃもんをつける気はさらさらないが、盛岡市近郊の山菜類は、はっきりいっておいしくない。雪が少ない上に、寒過ぎるからだ。独断と偏見でいわせてもらえば、「細い、固い、香りが少ない」と思うのだ。
 同じ山菜なのに、何故にこうも違うのか…。それは積雪量の違いによるものだと考えられる。厚く降り積もった雪は断熱材の役目を果たし、気温がマイナス10度以下に下がろうとも、地表の温度は0度前後に保たれる。山菜の芽は寒気にさらされることなく、雪の下でゆっくり春を待つことが出来るのである。ところが太平洋側の山間部は日本海側に比べて雪が少なく、寒さも厳しい。地表は凍ることが多く、山菜の芽はブルブルこごえながら春を待つ。例えるならば、太平洋側は、せんべい布団。日本海側は羽毛布団をかぶって寝ているようなもの。この生育環境の違いが大きいのである。

  【海彦、山彦大作戦】

 シドケやアイコなど旬の山菜はコバンザメ大作戦でどうにかなるが、乾燥させたゼンマイや塩漬けのワラビ、ウドなど保存食としての山菜はちょっと面倒だ。特に質のいいゼンマイは山奥の沢筋の急斜面に生えているため、時にはロープも使うロッククライミングの世界。加えて、採ったその日に大釜で茹で上げなければならない。そして翌日からは天日にさらして、カラカラに乾燥するまでひたすら手もみの作業。こんなの、面倒でやってられません。
 ワラビやウドの塩漬けもしかり。大量に採り、大きな樽などの容器に塩で漬け込む。これらの山菜は塩出ししていただくが、生とは違う独特の風味がある。しかし小西には大量に採り、漬け込む根気もない。これもプロのお世話になるしかない。名付けて「海彦、山彦大作戦」。
 小西の自宅の冷蔵庫や冷凍庫には、海藻や魚の干物などそこそこの量の海産物が入っている。その海産物を持ち、以前、取材で知り合った山菜のプロを訪ねるのである。いっておくが、一番の目的はあくまで情報収集と人間関係の構築である。決して、ゼンマイや塩漬け山菜を貰いに行くわけではない。
 「元気だすかー。今年の山はどんたもんだすかー(今年の山菜のなり具合はどんなもんかな)」と家の前でゼンマイをもんでいるばあちゃんを訪ねる。
「これ、ちょっとだども…」とまずはお土産を手渡す。あれこれ話をしていると、生のゼンマイをオートバイに大量にくくりつけて親父さんが帰ってくる。「おや小西さん、久しぶり。元気だったが?」。あれこれ話をしていると、「珍しいものはなんもねえども、これ持ってってけれ。今年のゼンマイだ」と家の中から干し上げたゼンマイを持ってくる。大体がこんな調子 である。
 あまりにも大量に貰うと、今度はそれを持って浜の漁師を訪ねる。「元気だすかー。今年の漁はどんなもんだすかー」。あれこれ話をしていると「これ持って行けー」と魚介類や海藻類を差し出すのである。自宅で食べきれないものは、また山の民に持って行く。このようにして、海の幸と山の幸が小西を中心にしてグルグル回るのである。
 いっておくが、「海彦、山彦大作戦」で小西は一銭も儲けていない。車の燃料代などを考えると、むしろマイナス。しかし、それでいいのである。山のプロ、海のプロとの人間関係がより強く築かれるからだ。

  【山菜のおいしい食べ方】

 葉物の山菜の場合は、とにかく新鮮なうちにたっぷりのお湯で、さっと湯がくこと。少々固く、アクは抜き過ぎないように。アクを抜き過ぎると、ただの野菜もどきになってしまうからだ。生醤油をかけ過ぎると、醤油の味と香りが勝って高貴な香りが失われる。できれば醤油にだし汁を加えただし割り醤油に浸して食べた方が山菜ならではの香りが楽しめるだろう。
 注意したいのは、観光地の土産物屋やホテルで売られている袋詰めの山菜類。地元はもちろん国内で採れたものは、あんな安い値段を付けるのは絶対無理。ほとんどは外国産だ。これらは極端な着色や漂泊がされており、山菜の味や香りなどまったくなし。化学調味料の味だけだ。これが山菜の味だと思われてしまうのは心外である


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