●● スズキ ●● |
職業柄、我が家の食卓には年中、秋田の旬の食材が満ちあふれている。小西は、秋田市在住のフリーライター。しかし、3年前には秋田県漁業協同組合の組合員になり、一応漁師でもある。また15年前からは大日本猟友会の会員、つまりハンター。またある時は、モノ捕りライターとして狩猟採取の現場を取材して歩き、取材先からお土産をたんまり貰ってくる。だから小西の行く所、全てに動物性タンパク質から山菜、キノコまで地元秋田や北東北の旬の食材が待ち構えていることになる。 さて、田舎の売れないライターにとって、中央、いわゆる東京の会社からの原稿依頼は会社の規模や発行部数を問わずうれしいものだ。そこで記念すべき連載の第1回目は『森のクラス会』のますますの発展を祈念して出世魚のスズキでいくことにした。この魚は30センチ前後までがセイゴ、60センチ前後までがフッコ、それ以上がスズキと呼ばれている。ちなみに、『森のクラス会』は伝え聞くところによると今はセイゴのクラスらしいが、早くスズキに出世して欲しいものだと切に願っている。 小西は妻の反対にもめげず漁協の組合員になった 現在の住まいは秋田市の中心部からやや離れた海沿いにある。自宅から車で5分程の所に、秋田県最長の河川、雄物川の河口があり、海から200メートル程川に入った地点に小さな船だまりがある。そこには20艘ほどの小さな漁船が係留されており、その中に小西の船もある。 私の船と書いてしまったが、小西のような貧乏人に船を買う金はあるはずもない。正確には近所に住む酒屋さんの所有で船名は「みずなぎ」。魚群探知機、衛星からの電波をキャッチして位置を知るGPSはもちろん、網を巻き上げるためのローラーもついており、漁船登録もしている完璧な漁船である。しかしこの酒屋さんがこの船を使うのは、月に1、2回位しかなく、それ以外は私がいつ使ってもいいということになっており、鍵も小西が保管している。だが、網は入れない。実は網を持っていないし、あれは1人で行うには面倒だからね。だから仕事がなく天気のいい日には釣りに出かけることが多い。何回も読み過ぎて角の丸くなった池波正太郎の文庫本を読みながら、いつ来るかわからない仕事を待つよりも、多少のガソリン代がかかろうとも晩酌の肴を捕りまくる方が、経済活動をしているようで精神衛生上よろしいというわけである。 一帯には春から秋にかけてさまざまな魚が寄ってくる。主な魚だけでもイイダコ、ワタリガニ、キス、カレイ、マゴチ、ヒラメ、スズキ、アジ、カマス、イナダ、サクラマス、サケ。これらの魚の中で釣っておもしろく、食べておいしいといえば、やはりルアー釣りによるヒラメとスズキの曳き釣りだろう。船をトコトコ走らせながらルアーを曳く曳き釣りは、漁業権がなければ行うことができない。小西は漁協の組合員であるからして漁業権を有しているのである。 言っておくけど、誰でも漁業権を取得できるわけではない。1人の漁師の推薦を受けた上で、漁協の総会で組合員の3分の2以上の賛成がなければ申請は却下される。漁業権を取得したい人は山ほどいるが、ほとんどの人は漁師の推薦すら受けられないのが現状だ。ところが小西は全て一発でOK。長年にわたって築き上げたの漁師人脈の勝利である。しかし許可をうけても、小西には肝心の船も船舶の操縦免許もなかった。「そんなんで、よく漁業権を取る気になったもんだ。許可する漁協も漁協だ!」と友達に呆れられてしまった。 この漁業権を取るにあたって、妻との間に一悶着があった。組合員になるには、当然、出資金を払い込まねばならない。その額○十万円。さらに船舶の免許も取らなければならない。「そんなお金、どこにあるのよ?」と妻に厳しく追及されてしまった。確かに金はない。でも知り合いの多いうちに取っておかないと、条件が年々難しくなってしまう。「漁業権は財産であるからして、息子に相続させることができるし、将来売ることもできるし…」と言いわけをしながら、禁じ手のウルトラCを使ってなんとか大金を捻出したのであった。 スズキ釣りは、頭脳の勝負である ルアーによるスズキ釣りには、戦略が必要である。スズキが群れていそうな場所を探し当てるのはもち論だが、スズキの食い気を誘うルアーの選択が難しい。水の濁り具合や天気に合せてルアーを選ばなければならないからだ。近くの船がバンバン釣り上げているのに、こちらはさっぱりというのはしょっちゅう。どんなにルアーを変えても、小西には一匹もこないこともある。逆に周囲の船はさっぱりなのに、小西だけ釣れ続けることもある。こうなれば、ふ、ふ、ふで小西の勝ちである。 必死になって釣っている漁師は4万円以上もする竿を2本も出してルアーを曳く。しかも電動リールをセット。これに対抗する小西は1500円の安物の竿1本で、リールはもちろん手巻き式。道具箱のなかのルアーの数も少ない。しかし時には本職以上の釣果をあげることもある。要するに、その時々の海中の変化にいかに対応するか?自分の読みがズバリと当たった時の快感と手応えたるや、まさに天にも登る気分とはこのことである。 釣り上げたスズキはその場で生け締めにし、海水に氷をいれたアイスボックスの中にいれる。こうしておけば、家に持ち帰った時にはカチンカチンに死後硬直しており、身は限り無なく透明に近い。こうなれば、どんな料理をしてもその辺の魚屋で買ったものより数段もおいしいのである。 一緒に釣っている漁師さんたちは、もちろん組合に出荷するが、浜値は平均してキロ1000円。しかし小西はまだ一度も出荷したことがない。というのも、小西が釣っている時間はせいぜい3時間ほど。大小まぜて3、4匹釣れたとしても自宅で食べる分を残し、あとは普段お世話になっている飲み屋さんや知り合いにプレゼントするからだ。日頃受けている恩や義を忘れないのが小西である。 塩釜は簡単。いかし豪華に見えるのがいい。 週のうち4日もスズキ料理が続けば「またスズキ?」と家族はうんざりした顔をする。妻は「もうスズキはいいから、お金になる仕事をしてよ」といやみを言う。小西だって、そうしたい。でも、仕事がないからスズキを釣るしかないのである。 刺身や塩焼き、アラ汁など定番のスズキ料理に飽きた時やお客さんが来た時は、塩釜焼きがよろしい。テーブルにどんと置くと見た目も豪華で、ちょっとリッチな気分になる。しかも作り方は簡単だ。ウロコと内臓を取り出して、塩を塗りたくってオーブンに入れるだけ。この場合、我が家のオーブンの大きさからしてフッコがいい。 料理上のポイントは、スズキの逆襲に気をつけることだけ。スズキは昇天してもエラの先端やヒレの先きの鋭さはそのままだ。ちょっと手を滑らせると、ぐさっとやられてしまうからね。だから、あらかじめ調理用のハサミで切っておいた方が安心だ。 腹の中に香味野菜を入れて焼く人もいるが、我が家の冷蔵庫には野菜類が少ないのでそのまま焼くことが多い。塩の壁に包まれて焼き上がったスズキはかすかに塩味がきき、ふんわりと仕上がる。スズキがない時はタイやヒラメもいい。もちろんこれらも自分で釣った時か、漁師さんからただで貰った時のこと。小西は、魚とは、自分で捕るか貰ってくるものだと思っている。 |
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